東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)43号 判決 1986年12月11日
原告
須田春海
原告
丹あや子
原告
丹道彦
原告
渡辺文学
原告
清水文恵
原告
飯島春子
原告
温井寛
原告
河野道夫
原告
二日市安
原告
島田トモ子
右原告一〇名訴訟代理人弁護士
大谷恭子
同
虎頭昭夫
同
黒田純吉
被告
大蔵省関東財務局長
村本久夫
被告
国
右代表者法務大臣
遠藤要
右被告両名指定代理人
杉山正己
外五名
被告東京都知事
鈴木俊一
被告
東京都
右代表者知事
鈴木俊一
右被告両名訴訟代理人弁護士
石葉光信
右被告両名指定代理人
樋口嘉男
外三名
主文
一 原告らの被告大蔵省関東財務局長及び同東京都知事に対する各訴えをいずれも却下する。
二 原告らの被告国及び同東京都に対する各請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告大蔵省関東財務局長(以下「被告局長」という。)が訴外新宿西戸山開発株式会社(以下「訴外会社」という。)に対し昭和六一年一月一三日にした別紙目録記載の土地の売払処分を取り消す。
2 被告東京都知事(以下「被告知事」という。)が訴外会社に対し昭和六〇年一二月二七日にした「東京都市計画一団地の住宅施設事業・百人町三丁目一団地の住宅施設」の事業認可処分を取り消す。
3 被告国及び同東京都(以下「被告都」という。)は、原告らそれぞれに対し、各自金五万円及びこれに対する昭和六一年四月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 3につき仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告局長及び同知事
(本案前の答弁)
主文一及び三と同旨
(本案の答弁)
(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。
(二) 主文三と同旨
2 被告国及び同都
(一) 主文二及び三と同旨
(二) 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 処分の存在及び内容
(一) 被告知事は、都市計画法五九条により、訴外会社に対し、昭和六〇年一二月二七日、「東京都市計画一団地の住宅施設事業・百人町三丁目一団地の住宅施設」なる事業(以下「本件事業」という。)の認可処分(以下「本件認可処分」という。)を行い、同日東京都告示第一三四九号をもつてその旨告示した。
認可された本件事業の概要は、別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)に、二五階建分譲マンション三棟(合計五七六戸)及び付帯施設としてカルチャー・リクリエーション施設、店舗及び診療所を建設しようというものである。
(二) 被告局長は、訴外会社に対し、昭和六一年一月一三日、国有地である本件土地の売払い(以下「本件売払い」という。)を行つた。
2 本件認可処分及び本件売払いにいたる経過
(一) 訴外中曽根康弘(以下「訴外中曽根」という。)は、国有地を民間業者に払い下げることを企図し、昭和五八年八月大蔵省理財局長に、同局長の私的諮問機関として「公務員宿舎問題研究会」(以下「訴外研究会」という。)を設置させ、訴外研究会は、その下に専門部会を置いた。
(二) 同年九月一九日、訴外研究会は、「都心における公務員宿舎の高層化による用地の有効活用について」と題する報告書(以下「本件報告書」という。)を提出した。
本件報告書は、冒頭で「民間活力を活用することによる都市再開発、住宅建設に資するための国公有地の活用」がますます要請されていること及び「厳しい財政事情の下」においては、国有財産を売り払い、収入を確保することが求められていることを指摘したうえで、訴外研究会の目的を「公務員宿舎の用地の有効活用を図るため、その用地の一部において公務員宿舎を高層化し、それによつて生み出された用地を国が売り払い、民間住宅等の用に供していくための方策を検討すること」とした。
更に、本件報告書は、国家公務員宿舎新宿住宅及び西戸山住宅(いずれも東京都新宿区百人町所在)を具体的な検討の対象とし、「現存する約四〇〇戸の公務員宿舎を建替高層化することにより、極力民間の用に供する用地を生み出すこととし、また、当該用地において、相当数の住宅戸数を建設する」とし、新宿住宅地区に三六階建住宅二棟及び四階ないし七階建住宅四棟(合計約六七〇戸)を、西戸山住宅及び近隣地区に四階ないし一四階建ひな段式住宅一棟(合計約四〇〇戸)をそれぞれ建設する構想を示し、右構想実現のための進め方として、第一に、事業主体は「多くの適格な民間企業が参加」した民間連合体が適当であり、第二に、国有地の払い下げを受ける相手方としては公共的又は公益的な事業を行う者であることが必要であるので「民間事業主体が都市計画事業の認可を受けて実施することが望ましい」とした。
(三) 訴外中曽根は、本件報告書の内容を実現するために、同年一二月二二日訴外研究会のメンバーを中心に設立目的を新宿区西戸山地区における住宅の建築及び販売等を営むこととする訴外会社を設立させた。
訴外会社の役員は、その一四名のうち、社長を含む一〇名までが訴外研究会(その専門部会を含む。)の構成員又はその構成員が役員をしている会社の他の役員によつて占められている。
要するに、訴外会社は、訴外研究会(その専門部会を含む。)の構成員又はその構成員が役員をしている会社を中心に本件報告書の内容を実現することを目的として設立された会社であることは明らかである。
(四) ところで、訴外会社が本件土地を随意契約によつて取得するためには、本件事業を都市計画事業としたうえ、訴外会社がその施行者として認可される必要があつた。
そこで、訴外中曽根は、都市計画事業認可を受ける前提となる都市計画法上の諸手続きの実現のために訴外会社を通じて、次のとおり東京都及び新宿区に働きかけた。
(1) 訴外会社が、都市計画事業の認可を受け、その施行者となるためには、本件土地における住宅建設が、都市計画法一一条一項八号に規定する「一団地の住宅施設」として、都市計画決定されることが必要であつた。
また、第二種住居専用地域(建ぺい率六〇パーセント、容積率三〇〇パーセント)の防火地区で、第二種高度地区の指定を受けている本件土地に高層住宅を建設するには、建築基準法の種々の制限を排除するために、都市計画法八条二項二号へに規定する「特定街区」として都市計画される必要があつた。
(2) そこで、訴外中曽根の意を受けた訴外会社は、本件土地における具体的な建設計画案を作成し、これを新宿区に提出して、新宿区が「一団地の住宅施設」の都市計画決定を行うよう働きかけた。
これを受けた新宿区長は、昭和六〇年一一月一二日東京都新宿区告示第一六三号をもつて右「一団地の住宅施設」の都市計画を告示した。
(3) また、訴外中曽根の意を受けた訴外会社は、本件土地の開発計画を策定し、昭和五九年九月三日「特定街区」についての都市計画決定を行うよう、被告知事に働きかけた。更に、訴外会社は翌昭和六〇年二月七日、同年三月三〇日、同年八月八日、被告知事に「特定街区」の決定を求める旨の申し出書を提出した。
これを受けた被告知事は同年九月二五日、「特定街区」の都市計画決定を行い、同年一一月一二日告示した。
(五) 訴外中曽根は、総理大臣としての大蔵省に対する指示権限を利用して、大蔵省を通じて、次のとおり各種の行為をさせた。
(1) 被告局長は、昭和五九年一〇月三一日、訴外東京都都市計画局長の照会に対し、いまだ本件土地が行政財産であるにも拘わらず、本件土地に超高層住宅が建築されることを前提にした「特定街区」の都市計画決定がされることに同意した。
(2) 大蔵省関東財務局は、同年一一月まだ都市計画決定もされておらず、したがつて、都市計画事業施行者でもない単なる一民間企業である訴外会社と一緒になつて、本件土地におけるマンション建設について、周辺住民に対する説明会を開いた。
(3) 大蔵省は、昭和六〇年二月、西戸山住宅に居住していた公務員及びその家族を退去させ、本件土地を、国家公務員宿舎用地に供することを廃止して行政財産から普通財産に転換し、売払い可能な土地とした。
(4) 被告局長は、同年一〇月二八日、国有財産関東地方審議会に対し、訴外会社が都市計画事業施行者としての認可をまだ申請していないにも拘わらず、訴外会社が右認可を受ければ、本件土地を訴外会社に売り払つてよいかどうかを諮問し、同審議会は、同年一一月一四日、訴外会社が右認可をうけることを条件に、本件土地を訴外会社に売り払うことを適当と認める旨の答申をした。
(六) 訴外会社は、同月一五日、被告知事に対し都市計画法五九条四項に基づき、本件事業の認可申請をし、これを受けた被告知事は同年一二月二七日本件認可処分をした。
これを受けて、被告局長は、昭和六一年一月一三日本件売払いをした。
3 本件認可処分及び本件売払いの違法性
(一) 本件認可処分と本件売払いとの関係
本件認可処分と本件売払いは、それぞれ異なる法律に基づくものであり、同一手続き内における先行行為と後行行為という関係にはない。しかしながら、本来別々のものであり、それぞれの固有の要件につき判断されなければならないにも拘わらず、本件売払いは本件認可処分の存在があつて初めて可能となつたものであり、また、本件認可処分は後に本件売払いがなされることを前提としてされたものであつて、両者は不可分一体のものとしてされたものである。したがつて、両者の違法性を考えるにあたつては、一連の流れの中で判断されなければならない。
(二) 本件認可処分の違法性
(1) 公共性の不存在
都市計画事業の認可は、都市計画法一条の目的及び同法二条の基本理念にそつた事業に対してされなければならないことは勿論のこと、更に、認可によつて施行者は対象土地の土地収用権を取得し、事業施行のために土地を強制的に収用することも可能となるのであるから、その事業には、土地収用法との均衡上、土地収用法と同一レベルの高度の公共性が存しなければならない。
ところで、同法二〇条は、事業認定の要件として「三 事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること、四 土地を収用し、又は使用する公益上の必要があること。」と規定している。
しかし、本件事業には、右の公共性はなく、したがつて、本件認可処分は、右各要件を充たしていないものであつて、違法である。
(2) 都市計画法五九条四項違反
都市計画法五九条四項は、市町村等の公的機関以外のものが都市計画事業の施行者となるための要件として、「事業の施行に関して行政機関の免許、許可、認可等の処分を必要とする場合においてこれらの処分を受けているとき、その他特別な事情がある場合」であることを要求している。
本件認可処分時においては、訴外会社は本件事業の施行に関し、行政機関の免許等の処分は何ら受けていなかつた。また、「特別な事情」とは、当該事業に土地収用権を与えて民間企業等に行わせることについて、充分な公益性、必要性があり、その社会的経済的実態を有し、行政上の監督等が期待される場合であることを要すると解されるが、右(1)のとおり、民間企業である訴外会社の営利事業として行われるマンション建設には都市計画事業としなければならないような公益性、公共性は存しないのであるから、特別な事情は全く存しない。
したがつて、本件認可処分は、都市計画法五九条四項に違反する違法なものである。
(3) 施行者としての適格性の欠如
都市計画法上は明確な規定はないが、右(1)のとおり、土地収用法との均衡上、土地収用における認定要件と同一の要件を要すると考えるべきであるから都市計画事業認可に際しては、施行者が「当該事業を遂行する充分な意思と能力を有する者であること。」(土地収用法二〇条二号)を必要とする。
そして、右の能力の判断は、当該処分によつて初めて付与されることになる能力を仮定して判断するのではなく、処分時に現に有している能力についてのみ判断すべきであるところ、訴外会社の本件土地取得能力は、本件認可処分によつて初めて生ずるものであつて、本件認可処分時には法的な土地取得能力は存しなかつた。
したがつて、訴外会社は、施行者としての能力を有しておらず、本件認可処分は違法なものである。
(4) 脱法行為としての本件認可処分
本件売払いが随意契約として行われたのは、本件土地におけるマンション等の建設が「一団地の住宅施設」の都市計画事業として行われることが前提となつて初めて可能であつた。本件の都市計画決定及びこれに続く本件認可処分は、本件土地が国有地であつたことから、これを随意契約で訴外会社に対して本件売払いを行うための前提として、本件事業に対して公共性を付与するための法的「テクニック」として、まさに国有財産の処分についての厳重な法的規制をくぐり抜け、後記のとおり違法な本件売払いを行うためにのみされたもので、本来都市計画法が予定しているものとは全く無縁なもので、都市計画法に違反する違法なものである。
(三) 本件売払いの違法性
(1) 国有地売却制限の理念及び競争入札原則
そもそも、国有地は国民共有の財産であり、これを維持、管理、拡大することこそが要請されている。
憲法は、国の財政が主権者たる国民に由来し、国民の意思に基づいて処理され、国民全体の利益、幸福のために運営されなければならないとする立場を明確にし、財政の民主化を宣言した。
これは、国有地を直接管理する行政府が国有地をみだりに処分してはならないことを当然の前提としている。そして、国有地がみだりに処分されることのないことを制度的に保障するために、国有財産法、会計法、予算決算及び会計令等によつて、国有財産の維持、管理について種々の手続規定を設けているのである。右の法令は、国有地をあくまでも維持、管理することを原則とし、何らかの公共目的がある場合に限つて処分可能とし、処分に当たつては競争入札とすることによつて不公平、不透明なことがないように最大限の配慮をしている。
すなわち、会計法は、売買その他の契約をする場合は「公告して申込みをさせることにより競争に付さなければならない」(二九条の三第一項)として、競争入札を原則とし、例外的に「契約に係る予定価格が少額である場合その他政令で定める場合」は随意契約によることができる(同条五項)としている。そして、右の「政令で定める場合」について、予算決算及び会計令は、「公共用、公用又は公益事業の用に供するため必要な物件を直接に公共団体又は事業者に売り払い又は貸し付けるとき」は随意契約が可能(九九条二一号)としている。
(2) 公共性の要件のない随意契約
しかるに、右(二)(1)のとおり本件事業には公共性がないから、本件売払いは随意契約の要件が存しないにも拘わらずされたもので、会計法二九条の三第一項、五項、予算決算及び会計令九九条二一号に違反する違法なものである。
(3) 低廉な価格による売却
本件売払いにおける代金は一四九億円余であり、一平方メートル当たり七九万八〇〇〇円である。
しかしながら、本件土地の規模、場所、交通の利便性などを考慮すると取引価格は一平方メートル当たり二〇〇万円を下回らないから、右売却代金額は不当に低廉であり、国家財政ひいては国民に損害を及ぼすもので、競争入札により適正な価格で売却することを予定している会計法二九条の三第一項に違反する。
(4) 公の財産の使用についての制限違反
本件売払いは、営利を目的とする企業に対し低廉な価格で国有地を払い下げる処分であつて、憲法八九条の趣旨及び同八三条が保障する国民財政中心主義に違反する違法なものである。
(5) なお、本件売払いは、随意契約によるものではあるが、後記六1に述べるとおり、取消訴訟の対象となる行政処分に当たるものである。
4 被告国及び同都の責任
(一) 被告国
本件売払いは、被告局長がした違法な公権力の行使であつて、その故意又は過失に基づくものであるから、被告国は、国家賠償法一条に基づき本件売払により原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。
(二) 被告都
本件認可処分は、被告知事がした違法な公権力の行使であつて、その故意又は過失に基づくものである。
被告知事は地方自治法別表第三、一、(一一六)により、国の機関たる地位においてその事務の執行として本件認可処分をしたものであるから、被告国は、国家賠償法一条に基づき、被告都は、被告知事の給与負担者として同法三条一項に基づき、本件認可処分により原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。
5 損害
原告らは、いずれも国有財産の維持、管理が適正になされることに強い関心を有しているものであるところ、被告局長の本件売払い、同知事の本件認可処分及び訴外中曽根の右にかかわる前述の各行為によつて、本件土地が違法に一民間企業の営利のために払い下げられたことにより、原告らは精神的打撃を受けた。
また、後記六2に述べるように、本件土地は、東京都地域防災計画に基づく避難場所の指定を受けていて、原告らはそれを利用することのできる立場にあつたところ、被告局長、同知事及び訴外中曽根の右各行為によつて、そこに、高層マンションが建築されて避難場所としての機能が損なわれ、その利用が困難となつたことにより、精神的打撃を受けた。
右精神的打撃を慰謝するには、原告らそれぞれにつき金五万円を下らない賠償を必要とする。
6 よつて、原告らは、本件売払い及び本件認可処分の各取消しを求めるとともに、それぞれ、被告国及び同都に対し、損害賠償金として各自金五万円及び不法行為の後である昭和六一年四月一六日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 被告局長の本案前の主張
1 本件売払いの処分性
本件売払いは、取消訴訟の対象となる行政処分に当たらない。
すなわち、本件土地は、本件売払いより前の昭和六〇年二月一日に、用途廃止のうえ、国有財産法上の行政財産から普通財産に所属替えされていたものであり、国有財産法上の普通財産の売払い行為が私法上の行為であつて、行政処分に当たらないことは明らかである(最判昭和三五年七月一二日民集一四巻九号一七四四頁、高松高判昭和五四年八月三〇日行裁集三〇巻八号一四四四頁等参照。)
したがつて、本件売払いの取消しを求める訴えは不適法である。
2 原告適格
原告らは、本件土地につき何らの権利又は法的利益を有する者ではないから、原告らは、本件売払いにより何らの権利又は法的利益を侵害されておらず、本件売払いの取消を求める法律上の利益を有していない。
したがつて、本件売払いの取消しを求める訴えは、この点でも、不適法である。
三 被告知事の本案前の主張
原告らは、本件認可処分の区域内に居住している者ではなく、また、右区域内に不動産に関する権利を有する者でもないから、本件認可処分によつて何ら都市計画法上の不利益(同法六五条、六六条、六九条等参照。)を受ける地位にはなく、かつ、またそのような不利益を被つた者でもない。そうとすれば、原告らは、本件認可処分の取消しを求める訴えにつき法律上の利益を有しないものというべきである(東京地判昭和五八年八月三〇日訟務月報三〇巻二号二四〇頁参照。)
また、被告知事は、東京都震災予防条例(以下「本件条例」という。)三七条に基づき本件土地を含む地域を避難場所に指定しているが、避難場所指定の趣旨は「人間の英知と技術と努力により、地震による災害を未然に防止し、被害を最少限にくいとめること」(同条例前文)にあり、その指定に当たつては、地震の規模や影響、地形及び地質、家屋の分布状況、人口密度等の種々の要素を総合的に考慮しなければならず、きわめて高度の専門的技術的判断を要するものである。それゆえ、いかなる地域をどの範囲にわたつて指定するか、指定を変更、解除する必要があるか等につき、被告知事は、広範な裁量権を有しているのであり、住民には、被告知事に対し、一定の地域を避難場所に指定することや指定を変更することを請求する権利は認められておらず、また、指定された避難場所を維持、保全することや指定の変更、解除を撤回することを請求する権利も認められていない。そうすれば、避難場所を利用する可能性のある者はもとより、避難場所として指定された地域の付近住民にとつても、避難場所の指定によつて被る利益は、被告知事が本件条例に基づき公共の利益を図つたことの反射として生ずるものにすぎないもので、避難場所の指定によつて個人に直接何らかの権利利益を与えるものではないから、本件土地が避難場所に指定されていることによつても、原告らが本件認可処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有することを根拠づけることはできない。
したがつて、本件認可処分の取消しを求める訴えは不適法である。
四 被告局長及び同国の請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2について
(一)のうち、昭和五八年八月大蔵省理財局長の研究会として訴外研究会が設けられたこと、その下に専門部会が置かれたことは認めるが、訴外中曽根が国有地を民間企業に払い下げることを企図して訴外研究会を設置させたことは否認する。
(二)のうち、同年九月一九日、訴外研究会が本件報告書を提出したこと、本件報告書に原告ら引用に係る記載があることは認めるが、その余は争う。
(三)のうち、訴外会社が同年一二月二二日に設立されたこと、設立目的の中に、新宿、西戸山地区における住宅の建設及び販売等を営むことがあること、訴外会社の役員が原告らの主張のような者により構成されていることは認めるが、訴外中曽根が訴外会社を設立させたことは否認し、その余の主張は争う。
(四)は、頭書部分のうち、後段の事実は否認する。(1)のうち、本件土地が第二種住居専用地域(建ぺい率六〇パーセント、容積率三〇〇パーセント)の防火地区で、第二種高度地区指定を受けていることは認めるが、その余の事実は不知。(2)のうち、新宿区長が昭和六〇年一一月一二日東京都新宿区告示第一六三号をもつて「一団地の住宅施設」の都市計画決定を告示したことは認めるが、その余の事実は不知。(3)のうち、被告知事が昭和六〇年一一月一二日「特定街区」の都市計画決定を告示したことは認めるが、その余の事実は不知。
(五)は、頭書部分の事実は否認する。(1)のうち、被告局長が東京都都市計画局長の照会に対し、昭和五九年一〇月三一日「特定街区」の都市計画決定がされることに同意したことは認める。(2)のうち、大蔵省関東財務局が、西戸山公務員宿舎の建設に当たり、本件土地を含めた複合的な環境影響調査を行い、住民に説明するように新宿区から求められたことから、同年一二月に訴外会社と周辺住民に対する説明会を行つたことは認める。(3)、(4)の各事実は認める。
(六)の事実は認める。
3 同3について
(一)のうち、本件認可処分と本件売払いが、それぞれ異なる法律に基づくものであり、同一手続き内の先行行為と後行行為という関係にないとの主張は認めるが、その余は争う。
(二)は認否のかぎりではない。
(三)は、(1)のうち、国有地が国民の共有の財産であること、憲法がいわゆる財政民主主義を保障していること、国有財産の管理及び処分について国有財産法、会計法、予算決算及び会計令等によつて規制されていること、国有財産の売払いは、競争入札を原則とし、随意契約は例外であることは認め、その余の主張は争う。なお、国有財産法によれば、国有財産のうち、行政財産については「管理」することとされ、普通財産については「管理」または「処分」することとされており(一条、五条、六条)、国有財産を「拡大」することは要請されていない。(2)は争う。(3)のうち、本件土地の売払いの代金は認めるが、主張は争う。
4 同4ないし6は争う。
原告らは、本件売払いが国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使」に当たると主張する。しかし、右の「公権力の行使」には、権力的行政作用に限らず非権力的行政作用も含まれるが、純然たる私経済作用は含まれないと解されるところ、原告らが被告国に対する損害賠償の対象として主張している本件売払いは、その手続きにおいて会計法等の会計法規の規制を受けているものの、その性質は私法上の行為(売買契約)であり、私人間の売買と異ならないから、右にいう「公権力の行使」には当たらない。
損害賠償責任が認められるためには、何らかの損害すなわち法益侵害のため不利益を被ることを要するところ、本件売払いは、被告国と訴外会社との間の私法上の行為であり、これによつて本件土地につき何ら法的権利または利益を有しない原告らに具体的な損害、法益侵害を及ぼすものではない。また、避難場所に関しても、その指定は、近隣住民等に対しても、何らの権利、利益を付与するものではないので、避難の利用が困難になつたことにより、原告らに損害、法益侵害はあり得ない。要するに、原告らの精神的打撃は、原告らの主観的な感情の問題にすぎず、法律上慰謝料の支払いをもつて救済すべき損害には当たらない。
原告らの本件損害賠償請求は主張自体失当である。
五 被告知事及び同都の請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2について
(一)のうち、訴外研究会が設けられたことは認めるが、その余の事実は不知。
(二)のうち、同年九月一九日、訴外研究会が本件報告書を提出したこと、本件報告書に原告ら引用に係る記載があることは認めるが、その余は争う。
(三)のうち、訴外会社が同年一二月二二日に設立されたこと、設立目的の中に、新宿、西戸山地区における住宅の建設及び販売等を営むことがあること、訴外会社の役員が原告らの主張のような者により構成されていることは認めるが、その余の事実は不知。
(四)は、頭書部分の事実は不知。(1)のうち、本件土地が第二種住居専用地域(建ぺい率六〇パーセント、容積率三〇〇パーセント)の防火地区で、第二種高度地区指定を受けていることは認めるが、その余の事実は不知。(2)のうち、新宿区長が昭和六〇年一一月一二日東京都新宿区告示第一六三号をもつて「一団地の住宅施設」の都市計画決定を告示したことは認めるが、その余の事実は不知。(3)のうち、訴外会社が昭和六〇年二月七日、同年三月三〇日、同年八月八日「特定街区」の決定を求める旨の申し出書を被告知事に提出したこと、被告都(被告知事ではない。)が昭和六〇年一一月一二日(九月二五日ではない。)「特定街区」の都市計画決定を行い、同日告示したことは認めるが、その余の事実は不知。
(五)は、頭書部分の事実は不知。(1)のうち、被告局長が東京都都市計画局長の照会に対し昭和五九年一〇月三一日「特定街区」の都市計画決定がなされることに同意したことは認め、その余の事実は不知。(2)、(3)の各事実は不知。(4)の事実は認める。
(六)の事実は認める。
3 同3について
(一)のうち、本件認可処分と本件売払いがそれぞれ異なる法律に基づくものであり、同一手続内の先行行為と後行行為という関係にないとの主張は認め、その余は争う。
(二)は、(1)のうち、都市計画法及び土地収用法に原告ら引用に係る規定の存することは認め、その余は争う。(2)のうち、訴外会社が本件認可処分時に、本件事業の施行に関し、行政機関の免許等の処分をうけていなかつたことは認め、その余は争う。(3)、(4)は争う。
(三)は、(1)のうち、国有地が国民の共有の財産であること、憲法がいわゆる財政民主主義を保障していること、国有財産の管理及び処分について国有財産法、会計法、予算決算及び会計令等によつて規制されていることは認め、その余の主張は争う。(4)は争う。
4 同4ないし6は争う。
そもそも、人の精神的打撃又は苦痛は、これを外形的に的確にとらえることが困難なばかりでなく、その苦痛の程度、性質にも様々な差異があるものであるから、およそ少しでも精神的打撃又は苦痛があるものと認められる限り、直ちにそこに精神的損害があつたものとして損害賠償責任の問題が生ずるものではなく、右責任が肯定されるためには、その精神的打撃又は苦痛が一定の程度に達し、社会観念上金銭賠償をもつて慰謝されるに値する程度のものと認められる場合、加害方法が著しく反道徳的であつたり、被害者に著しい精神的打撃を与えることを目的として加害した場合、若しくは被害者に著しい精神的苦痛を感ぜしめる状況の下で加害行為が行われたものと認めうるような場合といつた特段の事情があることを必要とするものと解される。
これを、本件についてみると、被告知事がした本件認可処分は、訴外会社に対して本件事業の施行権を付与(講学上の「特許」、都市計画法五九条四項)したにすぎないもので、原告らには何らの関係もない(原告らが本件認可処分の取消しを求める原告適格を有しないことは前記三被告知事の本案前の主張のとおりである。)ものであるから、仮に、原告ら主張のように本件認可処分に是正すべき瑕疵が存在し、それによつて原告らが何らかの精神的打撃を受けたとしても、かかる事実は右にいう特段の事情があるものとはいえない。
そうすると、原告らの被告都に対する損害賠償請求は失当たるを免れない。
六 被告局長及び同知事の各本案前の主張に対する原告らの反論
1 本件売払いの処分性(被告局長に対する反論)
本件土地は、昭和六〇年二月一日に用途廃止され、国有財産法上の行政財産から普通財産に所属替えされるまで、国家公務員宿舎の敷地として現実に使用されていたし、右宿舎も耐用年数が来ておらず、今後も充分使用することができた。それにも拘わらず、右用途廃止及び普通財産への所属替えがされたのは、本件認可処分が行われるはるか以前から訴外中曽根ら関係者間で確定していた、本件土地を訴外会社に随意契約により売り払うという目的を実現するためであつた。
本件売払いは、通常の場合とは異なり、本件土地上に訴外会社が高層マンションを建設するという訴外中曽根の民間活力導入という政治的意図ないし行政目的を実現するために行われたものであり、そこには明確な行政上の意思が存在するから、通常の売買とは異なるものである。
本件売払いは、何らの公共性がない目的のために本件土地を訴外会社に随意契約で脱法的に払い下げるための一連の法的テクニックの仕上げとして行われたもので、かかる行為が行政処分に当たらないとして、これを行政訴訟の対象にならないとすれば、本来国民の共有の財産である国有財産は国がどのように処分しようと勝手ということになり、極めて不当な結果となる。
以上のことを考慮すれば、通常の払い下げとは異なる本件売払いは、行政処分に当たるものとされなければならない。
2 本件認可処分の原告適格(被告知事に対する反論)
行政事件訴訟法九条は、取消訴訟の原告適格について「法律上の利益」を必要とする旨規定しているが、取消訴訟が、個人の利益の侵害を救済するという機能だけではなく、行政の法律適合性を保障し、違法な行政を是正する機能も果たしていることを考慮すると、「法律上の利益」には、違法な行政が是正されることについての民衆の利益も含まれると解すべきである。
原告らは、本件認可処分に係る区域内に居住し、又は、不動産上の権利を有している者ではないが、本件土地は、従来、東京都地域防災計画に基づく避難場所の指定を受け、大規模災害時における避難場所としての機能を有していたものであつて、本件土地に高層のマンションが建築された場合には、避難場所としての機能が著しく損なわれることになる。避難場所は、主としてその近隣に居住する住民を念頭において設けられているが、東京のような人間の移動の激しい大都会においては、近隣住民以外の者が利用する蓋然性は極めて高いのであり、その利用者は近隣住民に限られないのである。原告らは、いずれも東京都民であり(特に、原告丹道彦、同丹あや子は本件土地の近隣住民である。)、本件土地を避難場所として利用することのできる立場にある者であるから、原告らには、「法律上の利益」が欠けるところはない。
また、前記のとおり本件売払いは、本来国民の共有の財産である国有財産を一民間企業の営利のために売却する違法なものであり、このような違法な行政が放置されてよい道理はないから、原告らには違法な本件売払の是正について「法律上の利益」があるというべきであり、したがつて、本件売払いと一体のものと見るべき本件認可処分についても「法律上の利益」があるというべきである。
第三 証拠<省略>
理由
一被告局長に対する訴えについて
昭和六一年一月一三日、被告局長が訴外会社に対し、当時普通財産であつた国有の本件土地の売払い(本件売払い)をしたことは原告らと被告局長との間に争いがない。
ところで、普通財産である国有財産の売払いは、私法上の売買であつて、取消訴訟の対象となる行政処分には該当しないものと解されるから、本件売払いは、行政処分に当たらないものというほかはない。
この点に関し、原告らは、本件売払いが明確な政治的意図ないし行政目的の実現のためにされたことなどを理由に行政処分に当たると主張するが、私法上の行為である本件売払いを、その意図が行政目的の実現等であるからといつて、行政処分と解すべき法令上の根拠はないから、原告らの右主張は独自の見解であつて採用できない。
したがつて、原告らの被告局長に対する訴えは不適法である。
二被告知事に対する訴えについて
昭和六〇年一二月二七日、被告知事が訴外会社に対し、都市計画法五九条四項に基づき本件認可処分をしたことは、原告らと被告知事との間に争いがない。
ところで、行政事件訴訟法九条は、行政処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき、「法律上の利益」を有する者に限り提起することができる旨を定めている。そして、この「法律上の利益」とは、法律上保護された利益をいうものであつて、行政法規の規定又は当該法規の合理的解釈によつて、当該法規が保護しようとしている個人の権利利益をいうものと解するのが相当である。
原告らは、行政処分の取消訴訟が個人の権利利益の侵害の救済だけではなく、行政の法律適合性を保障し、違法な行政を是正する機能があるから、「法律上の利益」には違法な行政が是正されることによる民衆の利益も含まれると主張している。なるほど、取消訴訟が、現実に行政の法律適合性の保障等の機能を果たすことは否定できないが、取消訴訟は、あくまでも、個人の権利利益の保護、すなわち主観訴訟として認められているものであり、原告らの主張は、主観的訴訟としての抗告訴訟(取消訴訟を含む。)と客観的訴訟としての民衆訴訟を峻別する現行法の解釈としては、到底採用することができない。
そこで、原告らに「法律上の利益」があるかにつき検討する。
まず、都市計画法五九条四項に定める都市計画事業の認可による効果として、当該事業の区域内に居住し、または右区域内に不動産に関する権利を有する者の権利に制限が加えられる(同法六五条、六七条、六九条等)こととなつているが、原告らが本件認可処分の区域内に居住し、又は、右区域内に不動産に関する権利を有している者でないことは、原告と被告知事との間に争いがないから、原告は、右の点で「法律上の利益」を基礎づけることはできない。
次に、都市計画法の他の規定をみるに、一条において、「この法律は、都市計画の内容及びその決定手続、都市計画制限、都市計画事業その他都市計画に関し必要な事項を定めることにより、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。」と定め、二条において、「都市計画は、農林漁業との健全な調和を図りつつ、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきことを基本理念として定めるものとする。」と定めているが、右の目的及び基本理念は、適正な都市計画によつて、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を実現し、ひいては国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進を目指そうというものであるから、全体としての都市住民ないしは国民全体の利益を意図するものとはいえても、個々の都市住民個人に対し、個別的、具体的な権利利益を付与し、これを保護しているものと解することはできない。したがつて、同法一、二条によつても、原告らの「法律上の利益」を支えることはできない。そして、他に、原告らの「法律上の利益」を認めるに足る都市計画法上の規定は見当たらない。
原告らは、本件土地を避難場所として利用できる立場にあることをもつて、「法律上の利益」があるものと主張する。
弁論の全趣旨によれば、被告知事が本件条例三七条に基づき本件土地を含む地域を地震による災害(以下「震災」という。)のための避難場所に指定していること、原告らがいずれも東京都民であり、その中に本件土地の近くに居住している者もいることが認められる。
ところで、右の避難場所の指定の根拠となる本件条例は、前文において、「東京は、都市の安全性を欠いたまま都市形成が行われたため、その都市構造は地震災害等に対するもろさを内包している。東京を地震による災害から守るためには、必要な措置を急がなければならない。いうまでもなく、地震は自然現象であるが、地震による災害の多くは人災であるといえる。したがつて、人間の英知と技術と努力により、地震による災害を未然に防止し、被害を最小限にくいとめることができるはずである。この条例は、その英知と勇気を導くための都民と都の決意の表明であり、都民と都が一体となつて東京を地震による災害から守るための合意を示すものである。」と定めて、その制定目的を明らかにし、二条において、一項で、「知事は、あらゆる施策を通じて、都民の生命、身体及び財産を地震による災害(以下「震災」という。)から保護し、その安全を確保するために、最大の努力を払わなければならない。」とし、二項で、「前項の目的を達成するため、知事は、震災予防に関する計画を作成し、その推進を図らなければならない。」と定めて、都知事の基本的責務を明らかにしているが、他方、一一条において、「都民は、震災を防止するため、相互に協力するとともに、知事及び区市町村が行う防災事業に協力し、都民全体の生命、身体及び財産の安全の確保に努めなければならない。」と定め、また、一三条において、「事業者は、知事その他の行政機関が実施する防災事業に協力するとともに、事業活動にあたつては、その社会的責任を自覚し、震災を防止するため最大の努力を払わなければならない。」と定めて都民及び事業者の責務をも明らかにしている。更に、本件条例は、一条三号において、避難場所の定義として、「危険地域及びその他の地域にあつて、住民が避難することのできる安全な場所として知事が指定する場所をいう。」と定め、また、三七条において、一項で、「知事は、震災の発生時に都民を安全に保護するため必要な避難場所の確保に努めなければならない。」と定めて、都知事に避難場所の確保を求めている。
右各規定によると、本件条例は東京を震災から守る必要性、重要性を指摘したうえ、都知事を初めとして都民及び事業者を含めた関係者の努力により震災を防止すること及び地震の被害を最少限にくいとめることを目的とするものであると解することができる。しかしながら、本件条例二条に定める都知事の基本的責務は、その規定の体裁に照らしても、東京都民一般に対する都知事の行政上の責務の目標を示すものに過ぎず、また、避難場所の確保に関する本件条例三七条の規定も、右のような行政上の責務の目標を具体的に示したものにとどまるものと解されるものである。そうすると、右各規定等は、避難場所の指定に関しても、これを東京都民一般に対する公共の利益の確保としてとらえているものであつて、個個の東京都民ないし近隣住民個人に対し、個別的、具体的な権利利益を付与し、これを保護しているものではないと解される。
したがつて、避難場所を利用できる立場にあることは、原告ら個人の権利利益ということはできず、これをもつて、本件認可処分を争う原告らの「法律上の利益」を支えるに足りない。
他に、原告らが本件認可処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益」を有することを認むべき根拠は、見当たらない。
したがつて、原告らの被告知事に対する訴えは不適法である。
三損害賠償について
原告らは、国有財産の維持、管理が適正にされることに強い関心を有していること及び避難場所を利用できる立場にあることを根拠に、被告局長、同知事及び訴外中曽根のした原告ら主張の各行為により、原告らに精神的打撃という損害が生じたから、その賠償を求める旨主張する。
1 まず、国有財産の維持、管理についての関心の点について考える。
しかし、右の関心は、政治的な関心ないしはこれと性質を同じくするものであると考えることができるが、そのままでは、極めて不特定かつ抽象的なものといわざるを得ず、到底これを法的な利益と認めることはできず、また、これを法的保護の対象となる利益とすることを窺わせるような法令上の規定もない。それゆえ、右の関心は、不法行為法による保護の対象となる利益に当たらないから、仮にそれに対する侵害があつたとしても、それを根拠に、損害賠償請求は許されないものと解される。
2 次に、避難場所を利用できる立場の点について考える。
被告知事が本件条例三七条に基づき本件土地を含む地域を地震による災害のための避難場所に指定していること、原告らがいずれも東京都民であり、その中に本件土地の近くに居住している者もいることは、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。しかし、右の避難場所の指定が東京都民一般に対する公共の利益の確保としてされているものであつて、本件条例の規定が右指定により、個々の東京都民ないし近隣住民個人に対し、個別的、具体的な権利利益が与えられているものではないことは、前記二に述べたとおりである。そして、右の避難場所を利用できる利益は、右の点にそれが地震の発生という不確定な事態とかかわるものであることなどを考え合せると、そのままでは、いかなる意味においても、個人の法的な利益と構成することはできないものというほかはない。それゆえ、右の利益は、不法行為法による保護の対象となる利益に当たらないから、仮にそれに対する侵害があつたとしても、それを根拠に、損害賠償請求をすることは許されないものと解される。
3 したがつて、原告らの前記主張は、いずれもそれ自体失当である。
四以上によれば、原告らの被告局長及び同知事に対する各訴えは、いずれも不適法であるからこれを却下し、原告らの被告国及び同都に対する各請求はいずれも主張自体失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官塚本伊平 裁判官加藤就一)
別紙目 録
東京都新宿区百人町三丁目四二〇番地五〇
宅地 一万八七一五・四六平方メートル